会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2014年6月号掲載)
独立ベンチャーキャピタルを増やせ
創業ベンチャーが世の中で活躍するために、独立ベンチャーキャピタルの資金が有効であることは言うまでもない。なぜ独立なのか。既存の大組織から独立しているからこそ、過去の常識に引っ張られることなく、不確実な未来のフロンティアの先端で、狭き門を潜り抜け、ある特定の可能性に思い切り投資して、賭けることが可能となる。長期的なベンチャー投資の意思決定は、既存の安全運用を使命とする多数決組織では対応できない、いわばロングテールの独特な意思決定と言えるだろう。組織の多数決よりも、強い思いを抱く個人の個性的な決断が大切だ。これは独善などという否定的にとらえられるべき領域ではなく、動物的・個性的な決定が必要な芸術的な領域と言えよう。
だから、経済産業が健全さと活発さを保つために重要の事は、「多様なベンチャーキャピタル事務所が、大量に社会の中に存在すること」である。未来の可能性は多様であり、未知である。多様な可能性に賭けて行動する起業家がたくさんいて、それを支えるベンチャーキャピタリストも同様に多様であることが肝心である。それがシリコンバレーの仕組みである。時間をかけることで、真似をし、経験を積み上げることで、日本でも実現する事が出来る。
ベンチャー起業投資組合の量的規模も重要である。日本の個人金融資産が1500兆円の巨額に積み上がっているにもかかわらず、それが未来を切り開くためのベンチャーキャピタル市場に投入されることが、ほとんどない状態だ。日本国内の年間医療費市場が40兆円あるにもかかわらず、年間のベンチャー投資が数百億円程度、という現状は、変えないといけない。どうしてこんなに差がついてきたのか?それを理解するためには、投資事業組合が成立するための条件を知る必要がある。
ベンチャー投資組合成立のカギ「コア・リスクキャピタル」
意外と知られていない投資組合の構造で、業務執行組合員のことを、ベンチャーキャピタリストというのだが、どの程度組合に出資するか知っているだろうか。これを投資事業組合設立の源となる、コア・リスクキャピタルと言ってもいいだろう。実は、未来に勝負をかけるキャピタリストが自ら運用する組合に出資する「コア・リスクキャピタルの金額は、組合総額の1%以上」、というのが常識的な世界の相場になっている。
「1000億円のベンチャー投資組合が世の中に存在する」ということは、裏返せば「キャピタリストが自分でコア・リスクキャピタル10億円(1%)を準備できた」という事実が前提としてないといけないのである。つまり、世の中に大きなベンチャーキャピタル投資組合が出来るためには、ベンチャーキャピタリスト側でも、相当のコア・リスクキャピタルである出資金を準備しないといけないという事なのだ。アメリカには豊富なコア・リスクキャピタルが累積している。日本に、今、独立ベンチャーキャピタリストで、1億円のコア・リスクキャピタル出資金を準備できる人が何人いるだろうか。これを考えることが、ベンチャーキャピタルの発展を考えるうえで大変重要なカギとなる。
何周目のキャピタリストか?
ベンチャー投資事業組合の投資期間は10年である。あるキャピタリストの手元資金コア・リスクキャピタル1000万円をもとに、最初の一周目のA組合が、10億円で立ち上がったと仮定しよう。一周目を運用する10年の間に、立上げベンチャーが努力と運に助けられ、上場して20億円投資回収できたとしよう。成功報酬に当たる割増分配(米国ではキャリーと言っている)が20?30%あるのが普通だ。だから一周目が終わった時点で、組合は10億円の儲けだから、キャリーとして2?3億円がキャピタリストの懐に入る計算だ。それが、次の二周目の投資組合を設立するための種銭のコア・リスクキャピタルになっていく。(議論を分かりやすくするため、税金と組合経費や管理費は、ないものとする。)
さて、二周目は、手元資金が仮に2億円になっているから、100億円の投資事業組合の設立も、十分可能となっている。仮に、二周目は50億円のB投資事業組合を設立し、キャピタリスト自ら2億円(4%)のコア・リスクキャピタルを投入したとしよう。二周目が終わった時点で、この50億円が100億円になって回収できたとすると、キャリーが約10億円【(100-50億円)×20%】となる。それに自ら投入した2億円の回収が4億円(元本2億円含む)だから、キャピタリストの手元資金は14億円となって戻ってくる計算だ。
ベンチャーキャピタリストとして投資活動を開始し、1000万円の手元資金が、二周目終ったところで、14億円になる大成功をした訳だが、これが元金にすれば、三周目には、1000億円の投資事業組合を作ることも可能である。ただし、ここまで来るのに、既に実に20年の年月がかかっている。これが1970年代から始まり、アップルやネットスケープ、アマゾン、グーグルの成功によって、シリコンバレーのベンチャー投資事業組合の量的発展のダイナミズムの現場なのだ。投資事業組合の資金規模が爆発的に成長したという事は、同時に、キャリー(成功割増分配金)の支払いによってキャピタリストが出資できるコア・リスクキャピタルが急激に膨らんだことを意味している。だから、日本の中で二周目、三周目と実績を上げ、二周目以降の特有のノウハウを蓄積するキャピタリストが出現することが極めて重要なのである。ベンチャーの発展は、文化とか民族性の問題ではない。
日本のベンチャーキャピタル史の悲劇
残念ながら日本のベンチャーキャピタルは、1980年頃、アメリカの本場のキャピタル産業を、「投資金融業と意訳」して日本に形を変えて導入された。ここで悲劇にも、構造的な問題を持ってしまった。つまり、投資事業組合の形だけ輸入して、その運用はコア・リスクキャピタルを入れるキャピタリストでなくて、株式会社で組織的に運用されるという世界的にも珍しい形態をとったのだ。そのため、ベンチャー投資担当者は、ベンチャーキャピタル会社の役職員という形態をとり、投資事業組合の割増分配(キャリー)ではなく、給与規定に基づく、給料と賞与を受け取る形を取った。
そのため、一周目で成功したベンチャー投資担当者のボーナスは、一部を除きいくら成功してもせいぜい百万円の桁の受取額だ。投資組合成功のキャリーは個人に入らず、勤めている運用会社の売上となる。会社の固定費をまかない、利益には高い法人税がかかる。残念ながら、コア・リスクキャピタルはアメリカのようにキャピタリストにはキャピタルゲインとして蓄積されず、累積的にコア・リスクキャピタルが成長するというモデルは日本には出来なかった。
先ほど見たように、一周目の独立キャピタリストのコア・リスクキャピタル1000万円が、うまくいけば二周目には2億円になったアメリカでは当たり前の増殖が、日本は桁違いに小さい。つまり、日本の従来型である組織型のベンチャーキャピタルだと、どこまで行っても一周目で、二周目三周目と成功によって、年月とともに、どんどんコア・リスクキャピタルが増大する構造が、そもそも抜けている。
未だに日本のベンチャーキャピタルは、大半が組織型のベンチャーキャピタル構造だ。日本のベンチャーキャピタルは、すでに歴史が30年もあるにもかかわらず、一周目をぐるぐる繰り返し続けて、コア・リスクキャピタルはほとんど発展していない。
縮小した日本のコア・リスクキャピタル
それに対し、遅れて発展した中国などは、最初からシリコンバレーのベンチャーキャピタル構造をそのまま導入したから、2010年前後のネットIPOブームに乗って、独立のキャピタリストが成功し始めており、二周目が始まろうとしている。この発展は、アメリカのベンチャーキャピタルの40年で四周くらいしている間に、どれだけコア・リスクキャピタルが増大したかを考えてみると、中国のベンチャーキャピタル産業が今後大発展しそうな様子が見て取れる。コア・リスクキャピタルが社会の中で源となって、時代のフロンティアでリスクを取るベンチャーキャピタルの資本の塊が出来るのである。
さて、その間、日本の独立系のベンチャーキャピタルのコア・リスクキャピタルは、どの程度成長しているだろうか。残念ながらここ5年間、日本のIPOが年間30社程度に低迷してしまったので、日本のベンチャーキャピタル全体の回収が出来なかったのと、一周目を何度も繰り返すという日本のベンチャーキャピタル欠陥構造が災いして、ほとんど成長していない。それどころか、縮小しているように感じる。これでは欧米どころか、中国にすらおいて行かれる状況となっている。
頑張れ日本の独立系キャピタル
その中で、本来のコア・リスクキャピタルが成長する構造を持った独立系キャピタルが、少数ながら、徐々に実績を上げ始めている。それは、1998年に投資事業有限責任組合法が施行になり、同年、日本テクノロジーベンチャーパートナーが、独立個人のベンチャーキャピタリストを業務執行者として、NTVP i-1号の運用を始めたことが発端となった。NTVPは、一周目で、DeNA、インフォテリア、エイケアシステムズなどを回収し、今二周目が、ウォーターダイレクトやそれに続く上場企業の出現などで、回収して行こうとしている。
同じような独立系のベンチャーキャピタルが少数ながら産声を上げ始めている。そのキャピタリストたちが2014年3月12日、慶應ビジネススクールの藤原記念ホールに集まり、パネルディスカッションを開催した(「独立VCカンファレンス2014」)。アメリカを追いかけて始まった日本のベンチャーキャピタル産業が、ずいぶん遅れたことになったが、独立ベンチャーキャピタリストが登場する事で、ようやく活動を開始し始めている。日本における「コア・リスクキャピタルの成長」にこそ、要注目で急激に増加していくようなら、日本のベンチャーは大発展期に入るだろう。その大前提として、ベンチャーキャピタル投資組合の数少ない回収機会である、新興市場のIPO市場が、現在のように活性化し続けて、また二度と5年前の様に氷河期に突入するという失敗を繰り返さないことが重要である。
著者略歴
日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代表
村口和孝 《むらぐち かずたか》
1958年徳島生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。84年現ジャフコ入社。98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。社会貢献活動で青少年起業体験プログラムを品川女子学院等で実施。投資先にはDeNAの他、ウォーターダイレクト社が13年3月15日東証マザーズに上場。