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Vol.53【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合 代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

起業支援「シンガリVC」の戦い 死の砂漠を越え、油田を見つけろ

(企業家倶楽部2017年1・2月合併号掲載)

死の砂漠を爆走するバス

 スタートアップは、死の谷の砂漠を油田を見つけて爆走する皆を乗せたバスのようである。当初イメージした計画通りに事業が立ち上がるなどという事は稀だ。ある程度十分と思われる立上げ資本(ガソリン)を準備できたとしても、なかなか事業が立ち上がらず、準備期の赤字状態を脱することが出来ないで、現金というガソリン減少に直面し、苦悩する。バスのDeNA号も御多分に漏れず、油田を見つけ、損益分岐点を超えて黒字転換するのに、二年もかかった。立ち上がらないスタートアップの原因の多くは「それなりの商品サービスが出来ない」か、「コストが下がらず妥当な価格で必要数商品を準備できない」か、または、「十分な数の顧客が購入してくれない」か、のどれかだ。(DeNAのネットオークションは、ヤフオクに先行され一旦大きく開いてしまった顧客基盤は、後追いとなってしまっては、追いつくことが出来なかった。)その間、直面する内部外部の経営資源の結合と市場環境の変化は、とても事前に想定してシミュレーションできるものではない。バスの運転手である起業家には、次々直面する状況の変化に勇気と信念をもって対応しきる根性が問われる。ガソリンが切れる前に死の砂漠を通り抜け、油田を見つけなければ、みんな路頭に迷ってしまう。

 南場さんをドライバーとする長距離バスDeNA号は、計画をもとにVC投資家から集めた20億円の現金が、準備期の設備と、マーケティング策を大胆に打ったことから来る毎月数千万円の赤字によって、資本はみるみる溶けて行って、なくなって行った。ガソリンが無くなりそうな窮地に、追加の投資ガソリンを出してくれる腹の座った投資家は有り難い投資家だ。私の事務所NTVPが、苦しむ窮地のDeNA号に4億円ガソリンを追加投資し、辛うじて生き延びたことは、創業者の南場智子さんの本「不格好経営」に詳しく書かれている。

 DeNA号は立上げの様々な苦労を経て、何とか不格好だが死の砂漠を抜け、月次で損益分岐点までたどり着けた。だから、大きなリストラはしないですんだ。ただ創業の事業計画は大幅に書き直しとなり、2003年には、南場さんと一緒に中国市場研究で訪問したが、当時上場目標さえ見失いそうになっていた。その頃携帯電話にデジタルカメラが実装されるようになるという時代の変化にも後押しされて、モバオクという携帯オークションサービスがヒットし、DeNAは新しい顧客層である油田を再発見した。その勢いがあったために、2005年春、設立5年半で上場会社の仲間入りができた。もちろん南場さんの起業家としての能力と執念が強烈だったからに他ならない。ただ、破たんギリギリだがスピードを落とさずに、困難を乗り越えて成功までたどり着いたという、DeNA号のような事例はなかなか少ない。事業立ち上げの油田発見は、古今東西難しいものだ。

何回まで「延長戦」は可能か?

 VCという仕事は、出資は計画通りにガソリンを出資されるが、回収は、上場延期などによって、何かあるとすぐに投資したバスの油田発見が遅れ、それがあっという間に数年間の回収の遅れになる。予定の資金回収が遅れるのに、資金出資はこっちで決められるからどんどん投資が消化され、資金がどんどん出ていく。応援しているVC側もすぐに投資資金が苦しくなる。

 さて、投資先が事業の立上げに苦労し、立上げ日程を何度も延期して、何度か挽回をトライして、それでも成果が芳しくないと、この時点で、当初の出資を受けた時に提示していた成長の油田発見事業計画は棄却、改訂せざるを得ない状況になる。バスの役員会では、「現在のガソリンで、会社はいつまで持つのか?」どこまで行っても事業が立ち上がらず(油田が見つからず)、ずっと赤字では、こんな会話が出るようになる。ここから、物語は大きく二つに分岐する。DeNA号のケースの様に、VCが諦めずガソリンを追加出資をしてくれる場合と、してくれない場合だ。

 既存の株主であるVCを中心に、増資による資金調達が検討され、場合によっては株価を下げてでも増資し資金調達(ダウンラウンド)しようとする。追加投資が得られた場合は、それまでの立上げ計画を修正するものの、同じ当初の目標を目指すことが出来る。DeNAがそうだったように、野球やスポーツが延長戦に入って戦いを継続するようなものだ。DeNAの時も2001年春、状況が土砂降り状況の中、VCでガソリンを追加投資したのはNTVPだけだった。一般的に計画が延期となって先が見えない中での資金調達では、油田など見つからないと思われ、追加資金のガソリンで、何回も延長戦はできない。悪戦苦闘の末、とうとう成長への追加投資資金が得られないということになると、万事休す、事態は一変せざるを得ない。事業撤退への決断の時だ。

縮小均衡でいったん撤退決断

 一番の味方の株主からの追加支援がもうないとなると、今ある現金のガソリンがなくなるまでの、時間との勝負になる。もはや、未来への先行投資を止めてでも一刻も早く赤字を減らし、目先の破たんから回避することが、第一の目標だ。つまり「いったん先行投資事業から撤退」である。当初の事業計画を放棄しても、破たん(解散や民事再生等)よりはましだ。もともと、成り立たない荒唐無稽な事業を進めようとしていたのではないか、と反省してみたり、いやよく事前に調べたうえで、リスクは承知で、いい挑戦だったと思い直してみたりするが、後悔先に立たずである。

 50人乗り大型バスを、軽の7人乗りの小型バスに変えれば燃費は格段に良くなる。拡大した事務所を縮小移転し、採用した優秀なスタッフの数を極限まで減らす。成長に向けて拡大していた事業規模を徹底的に縮小する。監査法人や顧問との契約もいったん終了する。現金がなくなるのだから、待ったなしで、決断も早い。DeNAも、月次で2002年に損益分岐点に辿り着かなければ、リストラしていただろう。

 借金があって返済が必要な場合は、金融機関と返済計画再構築の交渉が必要だ。破たん回避策が功を奏して、いわゆる縮小均衡で黒字が出始めさえすれば、何とか戦闘復活に向けて糸口が見つけられるかもしれない。ただ、人員や事業が縮んだだけでは、起業活動そのものも休止状態に限りなく近づく。大事にしてきた特許も継続が難しくなる。当初ファイナンスをした時の事業計画はすでに棄却されて、投資家の期待を裏切った形になっているし、株式の価値は何分の一になってしまっただろう。また一部のVCもあきらめて、撤退、すなわち二束三文で売却して関与をやめる。このスタートアッププロジェクトは、終わってしまったのやら、再出発に向かって新しい計画に辿り着けるのやら?小さくとも次の油田を見つけられなければ、事業は休止にむかってしまう。

法的ルールと処理

 現金残高すなわち残ったガソリンの管理は、事業がうまく行って財務が安定し、資金調達が可能な場合はともかく、それが難しい厳しい撤退戦ではことのほか重要だ。皆を乗せたバスは、ガソリンが切れる前に砂漠を乗り越え、油田に辿り着かないといけないからだ。最初に事業計画に投資した企業価値とは異なり、撤退戦をやって投資から資金調達のできない会社の企業価値など、ほとんどゼロと周囲はみなすだろう。株主もがっかりしているし、怒りをあらわにする人もいる。役員を抜ける人もいるし、そんな苦しい状況の中で、期待を裏切った支援者の協力を得ながら処理をやって行かないといけない厳しい日々が続く。そんな中で、旅行の方角を変更し、バスを小さくし、リストラとは会社にとって重大な意思決定だ。撤退戦の最中は、法的な意思決定が重要だ。

 そのため、バスの中では、法的意思決定をすべき株主総会や取締役会において、株主名簿の持ち株比率や役員構成の条件下で、会社法や定款のルールに沿って、処理していくことが求められる。この日程は各社各様だ。というのも、創業者や支援VCが、どれだけの持ち株比率を持っているかによって、当然作業の進め方は変わってくるからだ。創業者が大半持っている場合と、支援VCが株式を過半持っている場合は、処理の方法と順番が異なってくる。役員の退任と、従業員の退職には、会社法や、労働基準法など、法的な神経を使う。取引先との契約早期解除も、あとあと係争関係に巻き込まれる危険性があり、そもそもの契約関係に注意が必要だ。弁護士と対応を必要とする場合もある。

真のハンズオンVC経験

 これらの処理は、実際に経験してみないと分からない。最近思うが、本格的VCなら絶対体験しておかないといけないと思う。VCのハンズオンが大切だと一般にいうけど、本気でバスに乗り込んで、取締役として、株主として旅行を一緒にしないとできない。その都度苦しいけど、大切な現場の必要な経験だ。場合によっては運転手起業家が、病気で亡くなる場合もあれば、何らかの理由で辞めて、新しい運転手に交代する場合もある。

 2011年4月東日本大震災直後に、くも膜下出血で急逝した投資先(TSSL社)林元徳社長に代わってVCファンドで大株主だった私が代理の無報酬非常勤社長になった例などだ。数年かけて後処理をした。引き継ぎも何もなかったから、正直大変だった。もくもくと数年かけて処理をした。取引先との契約解除や人員リストラは、思いのほか大変だった。定時株主総会も丁寧に行って、期待して投資した他の株主の処理も必要だった。ハンズオンのVCとしてよく知っていたと思っていた投資先の現場を、私は実はよく知らずにいたことに、驚いた。複雑にもつれた糸を丹念にほぐす作業に、何年もかけた。スタートアップ企業の役割とは何なのか、VCの役割とは何なのか、リーマンショックもあったが、考えさせられた数年だった。現在無借金黒字で新油田を再び探求中だ。

シンガリVCを日本に普及

 これらのいったん躓いた投資先のバスの、丁寧なシンガリのハンズオン活動は、最後までちゃんと処理をしているから素晴らしい経験ともいえるが、ファンド運営の立場からすると、コストがかかり回収の悪い非効率活動だとも言える。さっさとバスを処理してしまって、誰かに任せ、もっと短期で高収益を目指す投資活動をすべきだという考え方も分からないではない。ファンド運営を担っている以上、そのコストパフォーマンスを追求するのは当然のことではある。また、上場審査など形式的なことを大切にするため、欧米のVCとは異なり、リードVCでも上場後に株を売るときにインサイダーの嫌疑をかけられないために上場前に就任していた役員を辞任してバスを降りるという話も聞く。一部のVCが上場屋と言われ、上場で儲ける投資家と思われていたり、ファンド屋と言われ、やたらファンドの立場を強調するVCがいたりするのは、残念なことである。

 しかし、私はVC投資の基本はハンズオンであり、バスに乗って油田発見事業の命運を最後まで処理するべきものだと思う。スタートアップに関わって努力した人たちの、誰かが人生の貧乏くじを引くことはないと思う。起業家の人生も、VCの人生も同様に、5年以上の時間をかけて産業社会の中で活躍しようとして挑戦しているのだ。上場屋でも、ファンド屋でもなく、VCは人生をかけた新産業立上げ、新油田発見に向けて、超長期的にスタートアップの世界で活躍していきたいものだ。

著者略歴

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合 代表 村口和孝 《むらぐち かずたか》

 1958年徳島生まれ。慶應大学経済学部卒。84年ジャフコ入社。98年独立、日本初の独立個人投資事業有限責任投資事業組合設立。06年ふるさと納税提唱。07年慶應ビジネススクール非常勤講師。社会貢献活動で、青少年起業体験プログラムを、品川女子学院、JPX等で開催。投資先にDeNA、ジャパンケーブルキャスト、テックビューロ等がある。



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