会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2020年1・2月合併号掲載)
人として人生を生きていく6か条
どんな人も、人生を生きていくに当たって自然に身につけ、時間の中で一貫して記憶して把握している、6つの経営能力がある。これは、国、民族、宗教、経済の発展、IT普及などに全く関係なく、どんな文明の人も、いつの時代の人も、人である以上身につけている一貫履歴管理能力であり、生活の基本である。このどんな人でも持っている生活感覚こそ、経営成功の基本である。
1.「アカウント(財布)」感覚
人は、自分が財布(アカウント)にどの位、お金が残っているか、いつでも大体は把握している。月末にピンチなのか、どのくらい余裕があるのか、それなりに分かっているものだ。誰でも旅行ぐらいはしたことがあるだろう?その時にも、また、どっかに引っ越しをするときにも、働くときも、何か大きなものを買う時も、自分の勘定に、どのくらい余裕があるか、気にしないと生活が成り立たない。少なくても大人になったら誰でも身についている基本的能力だろう(そうでなければ誰も生きていかれない)。
2.「契約、約束」感覚
人は、自分が住んでいる家が、借りたものか買ったものか、どんな契約をしているか、大体は把握して、借りていれば家賃、買っていれば固定資産税を、いつ支払わなければならない事を、誰でも理解している。保険にしても損害保険にしても、契約がどうなって、どういう状態になっているか、大体は理解しているものだ。契約はファイルにして置き場所を決める。
3.「モノ・場所」の感覚
人は、自分のモノと他人のモノを区別でき、何を使って無くなり、何が残っていて買い足さなくていいか、大体記憶して管理できる。自分のモノか他人のモノか区別がつかないと厄介なことになる。もし、冷蔵庫にキャベツが残っていることを記憶していないと、冷蔵庫はキャベツだらけになり、腐らせてしまうが、ときどき失敗はあるが、何とか生活しているのではないだろうか?
また、自分がどこにいるか、モノがどこにあるか、と言う感覚は人によるが、ウナギや犬にも備わっている能力である。普通は、自分がどこに帰るか分からない人はいない。
4.「情報、コミュニケーション」の感覚
人は、誰とどんな話をしたか、大体記憶しているものだ。家族や友人のうち、誰とどんな話をしたか記憶できないと、大変なことになってしまうのは明らかだ。特に、約束事を忘れるとまずいだろう。スケジュール表や、TODOリスト等でちゃんと管理した方が良いことは明らかだろう。
5.「目標や未来」の感覚
人は、今週、今月、今年、何を達成しようとしているか、未来に向かって大小さまざまな目標をもって社会の中で生きている。引っ越したり、学校、スポーツ、趣味、芸術、ビジネス、旅行、病気克服、子育て、地域の行事、蓄財など、人は様々な目標をもって生活している。
6.「チーム・パートナー」の感覚
人は、誰をチームと思って生きているのだろう?同じ集団の中にも、苦手な人と、好きな人が出来てしまう。群れの記憶と言っても良いのかも知れない。男女のパートナーから子供が生まれ、家族が出来るのだろう。他人の仲間がチームになって、個人では出来ない何か大きなことも出来るようになり、歴史的には部族も軍隊や宗教もチームである。
以上、6つの人の感覚によって、人の人生のドラマは、様々な様相を呈する。どれが欠けても、ちぐはぐな人生になるのは、明らかだろう。
起業家の10か条
起業家には人生の6か条に加えて、事業に関する4つが加わるので、起業家の仕事は10である。あくまで経営は人生感覚の延長上にある。
1.「アカウント(勘定)」履歴管理能力
自分が運営している会社の勘定が、どういう状態にあるか、把握していない起業家はいない。銀行口座がどこにあり、残高(ストック)がどうなっているか、借金がどれくらいあり、純資産がどのくらいあるか、まともな経営者は、大体把握している。部下任せ、会計事務所任せでは、起業家として失格だろうと思う。
商品供給のストーリーが明らかになってくる頃には、出資者、銀行を説得し、未来に向かって設備投資や人材採用のためのファイナンスが必要になる。その時こそCFOが必要となるタイミングである。また、アカウントの履歴を整理したものが、貸借対照表(ストック残高)と損益計算書(フロー量)であり、確定申告して課税の対象となる。アカウントの一貫管理は、会社経営の出発点である。利益の前に金勘定だ。
2.「契約」履歴管理能力
自分が経営している会社の重要な契約が、どうなっているか、いつ更新になるか、把握していない起業家はいない。外注契約から、顧問契約に至るまで、無駄な契約は不要だし、知らない間に重要な契約が切れているなど、シャレにならない。また契約の中で、雇用契約は被雇用者とのトラブルを避けるために、常に重要である。部下任せ、弁護士任せ、と言う訳にはいかない。
3.「モノ・場所」の履歴管理能力
自分の会社に、何があり、どこにあり、どんな管理状態か、ちゃんと把握していない起業家はいない。整理整頓するのにものすごく気を付けている起業家が多い。アインホールディングスの大谷喜一社長は、整理整頓にうるさい社長として印象に残る。いつ会社を訪ねて行っても、すべての机の上がとても綺麗に片づけられている。どの部屋も、倉庫も同じである。決算の棚卸の時だけではないのだ。
4.「情報、コミュニケーション」の履歴管理能力
情報の履歴は、将来の訴訟のためにも管理が必要だ。会社に参画している人同士のコミュニケーションのレベルが、商品やサポートの品質に直結してくるから、会議ミーティング開催方法、議事録の共有に気を遣う。最近は、クラウドやスマホで管理できる仕組みが普及し、会議もオンラインである場合が増えた。十年前の議事録も簡単に検索して見つけることが出来る。
特にベンチャーにとって、まず日々入手する紙の名刺と、領収書をアナログで管理することの重要性を勧めたい。名刺はポケット付きの収納リフィル、領収書は月別ドキュメントファイルに収納して整理する。特に名刺は、分類して探しやすくする。クラウドに入れてしまうと探しにくく、直感が働きにくいので、紙で物理的に整理することがお勧めである。
5.「目標・挑戦」の履歴管理能力
起業家の目標はどんどん進化する。毎週、毎月、更新が必要だ。端的に言って、毎週挑戦し目標が進化しないようでは、会社の成長は難しい。企業は、毎年進化するものではなく、毎週なのである。人によっては朝令暮改と言って批判する人もいるが、毎週挑戦し、困難にぶち当たり、変わらないのんきな会社こそ批判されるべきだ。また、目標を定められない起業家も困りものだ。ミッション・ビジョンと言うが、目標を言葉で表せないとチームに伝えられず、共有できない。優秀な経営者は、読書家である場合が多い。古典名作くらい読んでみよう!
6.「チーム・パートナー」の履歴管理能力
誰がチームでパートナーなのか、能力・個性に合わせてモチベーションに気を遣う。そのためにも、ミッション・ビジョンの浸透には神経を注ぐ。事業の成長とともにチームもどんどん入れ替わるだろうから、歓送迎会にも気を遣おう。
7.「顧客・顧客候補」の履歴管理能力
世の中の他人、すなわち顧客が抱いている課題に気づき、情熱をもって「課題」を解決しようとする。顧客の立場に立って物事を見、商品を評価し、事業を考えられない起業家は、成功しない。正に名刺をアナログで管理できない人が起業家として成功しない理由も、ここにある。スタ起ートアップ成功のプロセスは、内部の試行錯誤であるだけでなく、外部の顧客や取引先との試行錯誤と進化の連続である。特に「顧客とのぶっちゃけワイワイ経営」が成長ステップを早回しする起爆剤となる。シーンとしているだけの仕事場は、混迷のサインだ。成長ベンチャーの特徴「顧客とのぶっちゃけワイワイ経営」を志そう!
8.「商品」の履歴管理能力
顧客の課題への「解決」(バリュー)が「商品」である。顧客に寄り添う事で解決策が見えてくる。何が商品になるか、当初の予感とは違った商品やサービスが、ある日突然ビジネスとして発見されることも、よくあることだ。商品サービス開発の試行錯誤をいとわないことだ。
9.「市場への投入・販促」の履歴管理能力
商品が試行錯誤の後完成すると、価格を付けて市場投入される。販売促進によって、売上量が予測されるようになる。フロンティアの状態は、時間とともに変化するから、市場への浸透スピードの段階に応じて、販促方法を変えないといけない(キャズム論など)。名刺管理は重要だ。
10.「商品供給・組織」の履歴管理能力
売上量の商品を、いかに顧客に供給するか?そのためには、人材を採用(雇用契約)投入し、職務権限業務分掌規程を整備して組織を運用し、ファイナンス資金を投入して設備など使い、取引先と「契約」して材料を購入し、生産工程をデザインして加工在庫し、ロジスティックスを使って、商品を顧客に供給する。品質管理は重要だ。顧客の購入と供給が合致して初めて売上げが立つ。
時間が経つほどゴミ屋敷になるダメ企業
以上10か条を読んで、こんなにたくさんすべきことがあると思うかもしれない。しかしそのうち六条は、人が常々人生の中で実行している極めて基本的なことだ。また十条は、天才的な大成功起業家だけでなく、実はどんな経営者も皆毎日実行している。商店街の八百屋さんでも毎日やっていることなのである。
この一貫管理を怠るとどうなるだろうか?時間とともに収集される情報が増えるが、会社はどんどん情報に溢れかえり、ゴミ屋敷化する。会社内部に毒が溜まって、経済社会の中で存在できなくなっていく。現場にはミスが連発し、それを誤魔化す報告がなされ、社内には誰にも訳が分からない段ボールがあちこちにあり、机の上は乱雑だ。出資者は起業家を詐欺だと言い、起業家は説明を取り繕って、環境や政府のせい、果ては理解しない顧客や取引先のために、自分の経営が不幸に陥っていると説明する。資金繰りに苦労して、月末にはまた、資金提供者に嘘みたいな説明を繰り返す。
年末経営大掃除の勧め
本来、時間が経てば経つほど、挑戦し、「顧客とのぶっちゃけワイワイ経営」で試行錯誤が進むことによって会社経営は充実し、良くなっていくはずである。ところが、ミスが重なり、時間が経てば経つほど経営がゴミ屋敷になって、周囲から信頼を失い、説明の辻褄も合わなくなり閉じこもりがちになる。そんな状態だと、しまいに資金の辻褄も合わなくなってしまう。これが「失敗経営スパイラル」だ。いったい何をどうすべきか?
今からでも遅くない。もう一度、起業家の10か条に立ち返り、立ち止まって現状認識をし直してみないか?
10項目について、今自分の会社がどうなっているか、正直に状況を書き出してみよう。そして修正すべきは修正し、体制の立て直しを実行しよう。これまでの過去の認識した実情を、あるべき未来の姿に対照させて、そこに移行するために何をなすべきか、状況の棚卸をするのだ。名刺と領収書の管理から始めても良いのではないか?時間とともにゴミ屋敷化した過去の経営を立て直すことは、「顧客とのぶっちゃけワイワイ経営」を目指す、成長し挑戦する起業家にとってもっとも重要な仕事の一つである。
著者略歴
日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合
代表 村口和孝《むらぐち かずたか》1958年徳島生まれ。慶應大学経済学部卒。84年ジャフコ入社。98年独立、日本初の独立個人投資事業有限責任投資事業組合設立。06年ふるさと納税提唱。07年慶應ビジネススクール非常勤講師。19年松田修一賞受賞。社会貢献活動で、青少年起業体験プログラムを、品川女子学院、JPX等で開催。投資先にDeNA、PTP、モーデック、IPS、グラフ、電脳交通等がある。