MAGAZINE マガジン

Vol.72【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

新型コロナとの闘いに学ぶ 危機は起業家のチャンス

(企業家倶楽部2020年6月号掲載)

2020年は良い年のはずだった

 危機の時ほど、経済の仕組みを、痛切に、短期間で学べるときはない。経緯を振り返り整理してみる。まず2020年正月時点で、すっかり良い年になると思っていた。18年IPOのIPS(宮下社長)はフィリピン通信事業が好調で、19年7月支援をしていたブシロードが念願のIPOに成功し、株価も順調。暮の12月にはベンチャー学会から松田修一賞を受賞。20年夏は、いよいよオリンピックと思っていた。

 1月後半中国の武漢で新型コロナの感染が広がっていると、悲鳴に近いニュースが入ってきたと思ったら、現地の医療が崩壊し、都市封鎖の映像が飛び込んできた。それが韓国に感染が飛び火した。TV報道とSNSで、いったい何が起こっているのか、ネット動画がパワーを発揮し、現地の様子を本当か嘘かと思いながら見たが、不安と驚愕が渦巻いた。それでも証券市場は下落せず、対岸の火事と強気のままだった。

 旧正月の1月末は、例年中国からのインバウンド旅行者が溢れるはずの日本の観光地の需要に急ブレーキがかかり、急速に旅行者が減少した。ただ、武漢からの旅行がこの時点では完全禁止にはなっておらず、ぼちぼち症状が出てくる2月、屋形船と北海道が日本の感染拡大最前線になった。連日新型コロナは危険なのかどうか情報が錯綜し、「正しく恐れよう」と比較的楽観的だったが、一方、マスクが薬局やコンビニから売り切れ始めた。感染から症状が出るまで時間がかかり、マスコミ報道も感染経路探しの様相を呈したが、経路不明なものがあり、不気味だった。

2月まさかのパンデミック大暴落

 2月6日には中国から3700人を乗せた豪華客船でダンスパーティーやビ ュッフェなどで感染者が急増し、横浜に停泊して実況中継し始めた。現場のゾーニングが甘いと批判された。世界の工場中国の感染者は急拡大し、都市が封鎖され、世界的なサプライチェーンがブツブツに切れて行き、経済活動に急ブレーキがかかった。韓国で感染者が急増し、とうとう不安が楽観を凌駕して、2月下旬辺りから株が本格的に大暴落を始めた。あれよあれよという間に、2月27日突然の政府の発表で学校は休校になり、学校の現場は大混乱。卒業式の前だったためショックが走った。

 最初感染を傍観していたイタリアをはじめとする欧州に飛び火して感染者と死者が短期間で激増、とうとうアメリカでも急拡大し始め、ようやくWTOが3月11日パンデミック宣言。株式はリーマンショック級の大暴落を経験した。イタリアで医療崩壊。日本でも不要不急の外出を控えるようになったが、なぜか日本の感染拡大が小さく、20日ごろ桜が咲き始め一瞬楽観的に緩んだ(K1開催)。各国が、歴史的に巨大な緊急経済政策(財政政策と金融政策)を発表。3月24日すったもんだで、東京オリンピック延期決定。3月29日お笑い芸人の志村けんが新型コロナで死去し、日本中に衝撃が走った。4月に入り、ニューヨーク医療崩壊が伝えられ、東京でも感染経路不明の感染増加し、医療サービスの限界が近づいた危機感から、7日ようやく日本政府の安倍首相が私権制限問題を含む緊急事態を宣言。縦割行政大混乱で、7都府県知事のお手並み拝見だ。(書いている4月8日はここまでだ。)

需要の急変動

 需要で一番最初に傷付いた業界は航空業界関連だろう。感染を抑制するために、各国が渡航制限したからだ。国境を封鎖するくらい感染者が激増した。ボーイングの株価が大暴落した。次にインバウンドの旅行業者、観光サービス関連の需要が急速に冷えた。北海道や東京の銀座浅草、京都など、まず中国人がいなくなり、3月後半は外人日本人問わず観光地に閑古鳥が鳴いた。その結果、観光バ ス、観光ホテル、土産物屋、レストラン消費が激減した。

 需要が激減した仕事に、夜のバーやカラオケ、接触が避けられないスポーツジムや、遊興施設がある。プロスポーツや音楽、演芸などエンターテインメントも打撃を受け、昨年上場のブシロード株も大暴落し、IPO人気に水を差した。

 一方で、需要が激増した業界もある。初期的な感染急拡大による、マスコミ報道やSNS情報拡散で不安心理が働いたこともあり、マスクやトイレットペーパーが店頭から蒸発した。中国製が多いマスクは当初1月ごろは中国に日本から支援物資で送ったりしたが、感染が急拡大するにつれ、2月日本国内需要が急拡大。トイレットペーパーがなくなったのは、デマが元である。供給元がほとんど日本製で、豊富なトイレットペーパー在庫が消える訳がない。詐欺も報告された。

 学校が突然休校になって、子供が家にいることになったことから、冷凍食品やカップラーメン、納豆などが店頭から売り切れる騒ぎとなった。ウーバーイーツなど食事の宅配サービスや、食料品を在庫する冷蔵庫も好調な売れ行きとなった。また、通勤の満員電車を避けるために、政府が在宅勤務を推奨し、リモート会議関連ビジネス(ZOOM、チャットワーク等)の需要が急成長を始めた。働き方に構造変化の兆しが見えた。

 あと、新型コロナの感染拡大に伴い、治療に直接関係のある需要が急拡大。検査、診断、治療薬、ワクチン、重症患者用の呼吸器、医療スタッフの需要が急拡大した。医療崩壊とは、需要が爆発的に増加して供給可能量をはるかに上回り、医療サービスが、供給不足となって提供出来なくなってしまうことを言う。軽症と重症ニーズを、隔離して分断管理する工夫が求められる。

供給のボトルネック発生

 まず最初に2月ごろ深刻になった問題が、中国から入って来るべき製造品のサプライチェーンが切れて、そこに供給ボトルネックが生じた。いつ中国製パーツが入荷するか分からなくなった。医療サービスの供給には、検査機、医師や看護師、病床がボトルネック。しかも、医師らが最も感染危険地帯に居るのであり、医師自身がかかって戦線を離脱する危険性と背中合わせである。医師看護師など人的資源は、免許制であり供給不足をにわかには補充出来ないボトルネックだ。

 一般的に、供給可能曲線は段階的にしか増やせないのに、需要が、新型コロナ感染の急拡大で相乗曲線的に拡大するから、容易に需給の極端なギャップが起きてしまう。これが医療崩壊メカニズムである。ドイツは感染拡大を合理的に予測し検査優先して準備が早かった。4月7日、日本政府が緊急事態宣言を出すきっかけとなった。

 新型コロナ感染治療方法開発には、治験など長い時間がかかり当分間に合わないから、治療法のないまま病院で対症療法を行う事になる。治療薬候補として、一番最初に候補に挙がるのが、既存薬や既存治療方法の転用だ。BCG接種が有効だとか、アビガン(富士フィルム)が効くとか、情報が流れては、関連株価が全体暴落の中でも急騰した。新薬の技術開発のみならず、医療サービスは、医療制度や保険制度、病床設置、創薬承認などに、厳格な制度がボトルネックだ。

政府の供給ボトルネックへの対応

 新型コロナで様々な商品サービスで供給不足が生じている。マスコミがよく使う「商品サービス供給に混乱が生じている」と言う説明はおかしい。供給は混乱などしない。混乱が解消されれば問題が解決するのではない。「供給にボトルネックが生じている」が正しい。需要の急増で、供給にボトルネックが生じているのであって、誰も混乱などしていない。ボトルネック解消には、設備を増やすとか、人を多数雇うとか、一時的に投資コストをかければ良い。問題は誰が負担するか?

 一般的には、価格が上昇して、供給者に負担余力が出来て、供給量が増えて、ボトルネックが解消し問題が解決する。ところが、政治家やマスコミが、こういう非常時になると「価格上昇を悪だ」と言って価格上昇を禁止または抑圧すると、先行きが不安な中で、誰も新しい投資やコスト増を負担することが出来ず、供給ボトルネックは解決する見込みがない。供給可能曲線にボトルネックがあるために増加しないのだ。ビジネスは赤字だと成り立たない。その結果、価格そのものよりも、ボトルネックが解消しない社会のコストの方が高くなってしまって、社会全体が困ることになる。

 例えば、トイレットペーパー。国産で充分の製造能力と在庫があるのに店頭から消えているのは、物流にボトルネックがあり、スムーズに消費者に届かないからだ。社会の圧力で安い価格で据え置かれているから、一時の需要増加だからと言って、わざわざ追加在庫スペース確保投資や追加配送コストを掛けると業者が赤字になるから、ボトルネックがいつまでたっても解消しないのだ。解決には新しい投資やコストを投入すればいいのだが、儲からない安価なトイレットペーパー事業に追加投資する業者はいない。どうすれば良いか?

1.まずは需要が控えられないか?いったん陥った供給不足悪循環から脱出するのに、消費を控えろと自粛を訴えても、トイレットペーパーは不要不急の商品と異なり、日常で必要な必需品だから効果はない。

2.トイレットペーパー値上げ(一ロール50円迄の値上げ)を認めてはどうか?値段絶対額そのものが安いのだし、探し回るコストを考えると、「高いけれども在庫が豊富」な方が、社会の理にかなっていないか?値上げは供給業者へのボトルネック解消インセンティブとなる。供給不足が解消されて落ち着いたら、後になって価格は下がるはずだから、政府が一時的に値上げを容認することには、経済学的に意味がある。

3.政府が追加投資コストを負担し、業者に補助金はどうか?コロナ対策で多忙な内向き官僚根回し優先の政府が、どうやって供給業者を支援するか、基準を作り、選定、予算付けには、そもそも製造量が十分な業者に税金を使う訳だから相当なプロセスと時間がかかり、非現実的だ。

4.トイレットペーパー製造会社が既存の物流をカットして、直接段ボール箱単位で、ネット販売してはどうか?配送費はかかっても既存の物流チャンネルボトルネックをショートカットしてネット販売するベンチャーのサービスはあり得るだろう。(誰かベンチャーにやってほしい。)

企業家とVCの歴史的機会

 以上の考察と同様な検討を、マスクや医療サービス等でブレーンストーミングしてみれば良い。需要の爆発的急増とボトルネック発生という危機の時こそ機敏な民間のスタートアップベンチャーがビジネス機会として捉え、活躍すべき好機である(ベンチャーも緊急事態に一か月だけ本来とは異なる新事業を検討しみてはどうか?)。

 明らかに、今回の新型コロナ大問題は、人類にとっての歴史的大困難であり、発生した強烈な供給ボトルネック克服への挑戦だ。この大困難を乗り越えるために毎日皆がしている努力は、次の新時代を切り拓く人類にとっての、新しい学習の歴史的機会でもある。外出行動は生物学的免疫的に自粛すべきだが、創造的精神活動はこういう時ほど活発化すべきだ。(学生は外出自粛のこの際、歴史的古典名作を3冊でも適当に選びじっくり読んでみてはどうか?)最悪の状態こそ、歴史的に何か創造的なことを始める絶好のタイミングでもある。(ちなみに、わがNTVP創設も、バブル崩壊で山一證券や長銀、拓銀が破たんし、市場に絶望感が漂っていた最中の1998年だ。)

 感染の解決は、半年単位で考えると、やがて人類の感染者比率が徐々に上がって行き、集団免疫や治療法の発見によって、感染パンデミックは人類の当たり前の景色の中に取り込まれ、歴史の一部になって行く(良くも悪くも時代の後遺症が残る) 。事態が収束したら、歴史的記念日か祭りでも延期したオリンピックでやるのだろうか。株価は段階を追ってもとに回復をはじめ、徐々に緊急政策は解除されていくのだろう。



■著者略歴 日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合
代表 村口和孝《むらぐちかずたか》
1958年徳島生まれ。慶應大学経済学部卒。84年ジャフコ入社。98年独立、日本初の独立個人投資事業有限責任投資事業組合設立。06年ふるさと納税提唱。07年慶應ビジネススクール非常勤講師。19年松田修一賞受賞。社会貢献活動で、青少年起業体験プログラムを、品川女子学院、JPX等で開催。投資先にDeNA、PTP、モーデック、IPS、グラフ、電脳交通等がある。

一覧を見る