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Vol.73【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

新型コロナとの闘いに学ぶ・2 事業を担うものは起業家だ

(企業家倶楽部2020年8月号掲載)

2020年4〜6月新型コロナ前線

 2020年6月現在、二か月間で気が付いたことを振り返ってみよう。日本では4月上旬に緊急事態宣言によって、外出自粛要請がなされ、クラスターによる感染の拡大を押さえながら、都道府県単位で医療崩壊を何とか食い止めた。

 たまたま日本の感染者数、死亡者数が世界的に少なく、5月中旬に緊急事態宣言が解除となり、現在徐々に経済活動の復帰プロセスを進めている。日本は世界のコロナ対策の不思議な成功例の一つと評価されている。ところが未だに給付金が届かないなど、対応の実態が必ずしも満足のいくものでなかったことは明らかである。

 世界的には6月上旬現在、ブラジル、アメリカ、インドなどで感染者数は増加し続けている。1月の最初の武漢の情報不足、2月のクルーズ船の話や、コロナウィルスの変異、中国からアジア、欧州、米国、ブラジルなど発展途上国へと地理的に広がって行ったこと、各国の対応が異なったこと、感染拡大を食い止める方法の差、検査方法、治療方法が不完全なまま、患者を病院で受け入れなければならなかったこと、院内感染が広がると医療従事者もダメージを受けたこと、外出禁止で世界がリモートワーク時代に突入したこと、経済が休業状態となり個人事業者が破たんの危機に陥り、多くの失業者が生まれ、政府の支援策が現場になかなか届かないなど、ニュースが毎日のように様々な情報を伝えた。TVでは大阪府知事が注目を集め、ミヤネ屋の報道が引き立った。二次感染では北海道に続き北九州がモデルとなった。

スタートモデル OPMSG

 まるで、経済社会の人類の対応をテストする壮大な歴史的大実験のようではないか。一見混沌とした未来が不明な不安状態も、スタートアップの5段階進化モデルを当てはめると、日常、よく我々が直面する目標に向かう途中状態だという事が良く分かる。もう一度スタートアップモデルを使って、コロナに関する情報を整理してみよう。

 つまりこう考えてみるのだ。世の中に、新型コロナの患者という全体像はつかめないが、新しい治療ニーズを必要とする感染者(顧客)が、感染拡大によって急速かつ大量に発生した。そして、その爆発的に急拡大する課題解決ニーズに応えるため、五里霧中の中、経営資源を投入して供給体制を大至急組み上げて経営し、新型コロナの社会ニーズに応えなければならなかった、と。(2008年頃のスマホ市場の登場やSNS市場の急速な立ち上がりも、同じである。)その時に、不確実な情報の中で人間のチームが出来ることにはおのずと限界があり、5段階で対応せざるを得ない(「OPMSG五段活用」と呼んでいる。)それは、政府がやっても、民間がやっても、やらねばならないことは基本的に同じである。

1.〈O=機会把握Opportunity〉

 需要ニーズを把握しようとする(感染の広がりを予測し、解決に必要な課題ニーズを捕捉する。感染拡大阻止(移動制限、三密啓蒙、学校休業、バー等休業、外出自粛、クラスター対策、マスク着用、集団感染阻止等)、感染者発見、感染者治療・予防、医療者支援、医療崩壊回避(軽症感染者隔離等)、子育て家庭支援、個人事業者など救済、経済崩壊対策、リモートワーク支援、段階復興支援等)

2.〈P=商品提供Product〉

 課題を解決する商品サービスをデザインし、試作品を試し販売してノウハウを蓄積する。(検査、診断、治療、予防サービス、リモートワーク、自宅配送を確立する等)

3.〈M=市場投入Market〉

 商品サービスを日々ダイナミックに変動する需要に対して提供すべく、販売体制を構築し、商品の提供を顧客数急拡大に対応して急拡大する。価格も重要だ。つまり需要を捕捉する。(必要な検査、診断、治療サービスがニーズに対して十分に届くよう拡大する、宅配販売促進等)

4.〈S=供給体制Supply〉

 提供すべき販売量に対して、仕入れ先や下請け取引先と提携し契約して、必要量の商品サービスを過不足なく、品質を保って提供。場合によって設備投資する。(検査、診断、治療サービスの供給体制を構築し、ボトルネックを作らないように注意し、医療崩壊を起こさない)

5.〈G=経営資源管理Governance〉

 以上1〜4の活動を円滑に行うべく、断片的に入ってくる不確実な未来情報を整理し、会議体を運営し、意思決定して経営資源(人金物情報)を調達し、管理し、経済的に成立するように全体を調整する。(感染対策では、A民間の自由な市場経済に委ねる方法、B政府が議会の承認を得るなどして、公的予算を使って法律に従って計画経済的に実行する方法、C政府が自粛等国民に協力を得る中間方法で実行する方法、と三つの方法があることが理解できる)

錯綜する情報と組織の壁

 コロナにしてもスタートアップ事業活動にしても、フロンティアで活動的に行動すればするほど、断片的な新情報が、あちこちから爆発的に増加して入ってくる。情報は混沌として、あっという間に溢れ返り、かつ何が正しい情報で、何が重要な情報か分からなくなる。その時、人は混乱し、内勤型の優等生は、作業量が予定を超過するため、しばらく情報をシャットダウンして休みたくなるが、変化拡大する前線情報の増加は止まることを知らず、起業家型のリーダーがいないと誰も全体を把握しておらず、整理がつかない。

 過去の経緯の事業モデルから出来てきた現在の縦割りの組織は、未知の新しい課題のための組織ではないため、未来に最適化がされておらず、そのことが内部者のコミュニケーションをより難しくする。未来の未知な事なので、何が目標で、意思決定も正しいのか分からない中で、毎日限られた過去モデルの権限と経営資源の枠の中でせざるを得ず、とってつけたような場当たり的な意思決定が連続する。意思決定から目をそらしていると、さらに混乱が拡大する。政府の命令だから、緊急事態だからという事で、情報が整理できる訳ではないし、感染は拡大を休息してくれず、問題が解決するわけでもない。

 過去の組織に入って経験を積み、すでに適応して組織病にかかっている人は、(本来OPMSGの1→2→3→4→5という順番でしか問題が解決できないはずなのに、)過去蓄積したGSからこの順番を逆に、5→4→3→2→1と物事を見ることで内部的保身を図るため、あっという間に組織が官僚化する。本来未来に対してオープンでニュートラルであるはずの外向き人材が、過去のモデルでミスをチェックするだけの小役人のチームの様になることがよくある。これを官僚病、大企業病、組織人病とも言う。この種族は、新しい情報が入ってくることすら嫌う。なぜなら、過去のモデルで整理されている計画に対して、新規の追加仕事が際限なく膨らんで行って、かつ処理失敗のリスクが高まることで責任を取らされる危険があり、人事に影響すると保守的になるためだ。

コロナの処理で出てきた諸問題

1.〈情報集計不全〉

 各地に散在する保健所による感染数情報がなかなか集計できず、何が正しい情報なのか実態把握に苦労した。ファックス伝達など、IT化されていない時代錯誤の実態が明らかとなった。給付についてマイナンバーカードが有効な情報システムとして機能しなかった。

2.〈検査体制不備〉

 保健所の手配によるPCR検査等による検査体制が整わず、病院の診察現場の検査ニーズに応えられない状態が継続した。なぜ検査が十分できないのか、原因を十分解明できず感染実態が把握できない状態が継続した。検査がされないまま感染者が死亡するか、重症化するケースがあった。

3.〈救急医療体制下の感染者対応の混乱〉

 検査体制不備のまま担ぎ込まれる感染不明の患者が病院でたらい回しになるケースが散見された。無症状、軽症者のトレース情報が管理されず、受け入れ態勢が不明で、医療崩壊の引金になる危険性が明らかとなった。

4.〈専門家会議不全〉

 専門家会議のメンバーである感染症の専門家達が経営経済の専門家を入れるように何度も提案したのに、統制解除を検討し始めた最近まで果たされず、コロナの経済問題解決のための経済対策が後回しになって個人事業者が疲弊した。25万人死者が出るなど悲観的な予測をしたため、国民の自粛効果が大きかったが、予測される経済的悪影響を誰もシミュレーションせず、また経済状態をモニターする専門家がいないため把握出来ず、個人事業者対応が遅れた。

5.〈内閣の政策統制不足〉

「情報収集→初期状態の記述→政策目標設計→解決手段の列挙→政策実行シミュレーション→最適な解決策の選定→実行日程モデル作成→政策案の採択(意思決定)→政策の実行→政策効果の測定→全体の評価」と言う科学的な政策統制がされていない。国会、官僚、政党、内閣の縦割りと民主政治の枠組みの中で、予算と権限の制約が伴い、ある目的でリーダーシップを確立するのは、大変困難なことである。

6.〈公的支援サービス不達〉

 大胆な財務政策を発表して、各所帯や事業者への支援が決まったにもかかわらず、役所や政府系の金融機関などでIT化が遅れているために手作業処理が滞り、未だに支援サービスが100%実現されない状態が継続し、緊急性が指摘されているにもかかわらず、対応が後手後手になった。

7.〈戦略物資統制不全〉

 マスクや防護服など、病院で医療物資が不足した。第二次世界大戦の折、軍需物資が行き渡らない兵站問題を彷彿とさせる問題だ。アベノマスクを400億円以上公費投入して配ろうとしたが、品質問題など未だに配布できていない。

 自由市場を介さないで公的に経済活動を真似て処理をするとき、経済経営の実務をしっかり踏まえないで生半可に、役所が命令系統が不明瞭なままやると、お粗末なオペレーションになることのサンプルを見せてくれているようだ。医療機関でマスクが不足し、2月ドラッグストアから何か月もマスクが消えたと思ったら、6月にはマスクが溢れて値引き合戦が始まるなど、役所が中途半端に市場に口出しをした悪例だろう。

起業家活動の必要性が明確に

 つまり、民間がやっても手間取る、柔軟な意思決定を必要とする新規事業のような複雑な創造的作業を、議会の顔色を窺い予算と権限に制約のある役所組織に任せてはいけないという事なのだ。だから、元々歴史的に複雑な事業は行政組織でしないようにしてきた(行革など)。ただし、不可避に政府が担うべき事業もある。例えば、防衛とか、外交とか、警察、公共インフラ、弱者救済である。これらは、特別な官僚組織を作って効率よく対応できるように工夫されてきたが、今回の新型コロナのパンデミックは、全く予想していなかった大災害のようなものである。

 人類の歴史は、災害やパンデミック、技術進歩、環境変化、人口の変動など、天と地との間でその変動を止めることは不可能だ。過去の学習モデルから、様々なストックの蓄積で、多くの問題は解決されている。だが、何割か、人類がまだモデルを作成できていないフロンティア領域が、常に予期せず目の前に迫って、課題を解決し続けなければならないオープンな現実が、我々が直面している未来というものである。その問題解決活動を、政府組織が解決するか、既存の大企業組織が担うか、起業家組織が担うか?答えは起業家組織以外にないと、今回明らかとなっただろう。コロナの様な大変化は歴史的異常事態ではなく、似たようなことはあらゆる分野で毎年多数起こり、起業家の必要性は21世紀にずっと必要となることを、心すべきである。



■著者略歴 日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代表 村口和孝《むらぐち かずたか》 1958年徳島生まれ。慶應大学経済学部卒。84年ジャフコ入社。98年独立、日本初の独立個人投資事業有限責任投資事業組合設立。06年ふるさと納税提唱。07年慶應ビジネススクール非常勤講師。19年松田修一賞受賞。社会貢献活動で、青少年起業体験プログラムを、品川女子学院、JPX等で開催。投資先にDeNA、PTP、IPS、グラフ、電脳交通等がある。

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