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Vol.78【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

アニマルスピリットのパートナーシップを再生せよ 周回遅れのスタートアップ経済成長戦略

(企業家倶楽部2021年5月号掲載)

スタートアップ成功原点「アニマルスピリット成功体験」

 出発はウキウキでも、山を登っている途中はとてもきつい。苦しさの後で頂上に着いて眼前に大空が広がる驚きの瞬間は忘れることができない体験だ。スタートアップの成功と失敗の違いは何だろう?それは、起業家の心の違いであり、人生の中の成功イメージの違いだ。DeNA創業者南場智子氏、アインファーマシーズ大谷喜一社長に共通するのは、マインドセットされた明確な成功イメージだ。二人は読書家でもある。

 経済学においては、ケインズが著作『雇用・利子および貨幣の一般理論』の中でその原点を説明している。それが「アニマルスピリット」であって、合理的な数理モデルではなく、人間本来の動物由来の楽観的行動によってこそ積極的に経済活動が活発化し、同時に経済が不安定となることの本質であることを説明した。

 成功する起業家は皆、スタートアップが計算づくで計画通りに上手くいくと思っていない。成功するイメージを持ち、アニマルスピリットを呼び覚まして人生の中で臨機応変実行するしかないと思って、毎日慎重かつ大胆ハードに取り組んでいる。だから、起業家として成功する人は、若いころスポーツでも音楽でも何でもいいから世の中で何かに挑戦し苦労して成した、「プチ成功体験」を持っていることがとても重要だ。スタートアップ経済実現社会には、成功体験教育が不可欠である。

1990年代スタートアップ経済をパートナーシップ活用で定式化

 アニマルスピリットを原点とするスタートアップ経済の定式化は、1990年代の米国西海岸のシリコンバレーで確立した。奇しくもそれは、日本の戦後の経済成長モデルの研究から生まれた。焦土と化した日本の戦後は奇跡の復興と言われたが、その現実はアニマルスピリットだった。大戦の引き上げの闇市仲間や、大学の同窓生たちが、金融機関や製造業流通の新しい担い手として、SONYやホンダと言う戦後の新しいスタートアップを生み出した。戦後復興期の日本人は組織を超えて時に焼き鳥を食べながら、パートナーシップ精神で未来の復興のために組織を超えて情報交換した。その仕組みをシリコンバレーのVCは「KEIRETSU」と呼んでスタートアップ支援エンジンにした。

 クライナーパーキンスと言う著名VCがKEIRETSUでスタートアップ支援して、一年で上場し大成功させたプロジェクトが、アンドレッセン創業で1995年上場のネットスケープ社だった。アニマルスピリット(起業家)をパートナーシップ(会社組織でなく組合)で支援して大儲けするエコシステムが完成したのだ。それ以来、米国西海岸からVC組合とネット企業が続々誕生し、VC組合が投資して世界に米国デファクトスタンダードのIT新市場を創り出し、成長させ、また2000年代次々上場IPOさせて、巨額の時価総額と言う大輪の花を咲かせた。回収された資本は、さらに次のスタートアップを生み出していくさらなる巨額支援の原動力となる。これが「アニマルスピリットを支援するパートナーシップ組合によるスタートアップ経済の定式化」である。現在のグーグルやアマゾンがけん引する米国経済成長の秘密である。フェイスブックやTwitter がその後に続いた。

 定式化で生まれたのが、リーンスタートアップなどの新しい経営手法であり、誕生支援手法であるインキュベータ(孵化器)である。2005年にYコンビネータが発足して、2010年代に次々と新しいプロジェクトを成功させていくこととなった。定式化されたスタートアップ経済を、いち早く国全体の経済発展の手法で採用したのが中国である。中国はアリババやテンセントを成功させて、GDPも2010年日本を超えた。

2000年代日本型パートナーシップ崩壊でスタートアップが急ブレーキ

 2000年頃、日本でもベンチャーと言う和製英語を使ってスタートアップ経済を導入しようと言う動きはあった。それが渋谷ビットバレー運動や、わがNTVPなど独立VC組合の活動と、新興市場ブームである。ところが日本はアニマルスピリットで成功させた戦後の高度成長期に活躍したメインバンク体制が崩壊し、パートナーシップ的な負の側面である反社会的勢力の排除や総会屋撲滅のために徹底的な経済規制に力を入れた。その結果、2006年にホリエモン事件とリーマンショックを契機に、5年間新規上場IPOが50社を下回ると言う歴史始まって以来の「上場氷河期」で低迷することになり、ベンチャーキャピタリストが続々廃業した。大学発1000社構想などは、短期の人事異動の中で有耶無耶にされ、歴史から消されてしまった。(ウィキペディアからも消える。)

 日本においては、アニマルスピリットやパートナーシップが悪いことになってしまい、既存の上場大企業や大組織に就職して、終身雇用で定年まで予算統制のもと、人事異動しながら長期勤務することが、優秀な大学生の成功イメージになってしまった。2013年金融機関組織内抗争を描いた半沢直樹と言うテレビドラマがヒットした。パートナーシップ的なストックの新結合であるイノベーションよりも、会社組織やお役所の形式的なコンプライアンスマニュアルのまじめな実行が健全とされ、アニマルスピリットは異端視された。スタートアップ経済をカギに米中や世界が急成長を模索している歴史的な発展の間に、日本は意図せず急ブレーキを踏んでしまったのだった。

2010年代スタートアップ経済発展が世界に

 その間アメリカからは、ネットスケープ創業成功経験を元にアンドレッセンはホロウィッツと巨大VC組合を生み出した。さらにPAYPAL(フィンテック)創業者として成功したイーロンマスクが創業したスペースXや、出資したテスラが大発展した。中国もアニマルスピリットを原点とするスタートアップ経済を導入して大発展し、経済成長をけん引した。それを見た欧州やアジア、インドもスタートアップ経済を導入して経済の成長エンジンにしようと努力している。その結果、2010年代には未上場のユニコーン(時価総額1000億円を超える未上場スタートアップ)が、世界中に誕生することとなった。(日本は見る影もない)

 新しい経済成長のポイントは、既存企業組織によるイノベーション経済ではない。新しいアニマルスピリットを持つ起業家によるスタートアップ活動の活発化と、VC組合によるパートナーシップ的な資金的バックアップ、フロント領域の市場の高成長と市場ポジションの確立。その結果としてのIPO上場による証券市場での回収を、連続技として長期的に一挙に成功させるエコシステムを、国家的に整備することである。
  さらにこれを実現するために重要なことは、アニマルスピリットを邪魔しないこと。とりわけ新分野の試行錯誤に対して、規制を解除し、堅苦しい規制でアニマルスピリットの創造的なスタートアップの試行錯誤を阻害しないことである。中国政府はそのことをよく分かっており、起業家に自由に活動させることが、スタートアップ経済発展の重要なカギであると李克強首相も自慢している(先放後管、包容審慎)。日本には、規制が未整備な分野を、「違法に近いグレイな分野」と言って危険視し、創造的活動を自粛する傾向がある。しかし、正にこの規制未整備なフロンティア領域こそ、有望な新しいスタートアップ経済発展領域なのである。(私はグレイではなくて、「未法領域」と呼ぶべきだと主張してきている。)

菅政権が推進すべきパートナーシップ再生によるスタートアップ経済

 米国とのVC組合の市場規模の差が、1/40にも開いたままなのはなぜか?日本政府がスタートアップ経済発展政策を成長戦略として全く取り上げてこなかったからだ。第一に既存組織に対する政策でないので、選挙対策にならないこと。第二に、スタートアップ経済が立上げ資本が必要なため金融庁の管轄にありながら、他方経済産業省の管轄であり、両省の省益問題の真ん中に位置し、利害がデリケートであること。第三に、スタートアップの活動が、あたかも子供が、乳児→幼児→小学→中学→高校→大学→就職、と長期にわたって成長段階が劇的に変化するために、誰も一貫して理解できない活動でありシステム化困難であること。第四に、成功するか、長期間不明で、因果関係が分かりにくいこと。第五に未上場のスタートアップがアニマルスピリットを基本に、VCパートナーシップの強い支援で成功するモデルが分かりにくいこと。などが原因だろう。

 安倍政権で成長戦略が重要視されてきたが、すべて大企業をエンジンとする政策ばかりで、日銀も上場企業にETFで45兆円も投資して、ゼロ金利政策をいくらとっても経済が成長しない。あたかも自己資本が肥満の糖尿病患者に、ボタモチを大量に食わせているがごとしであって、財政効果つまり乗数効果が全く効かなくて当然だ。対してスタートアップは、空腹の伸び盛りの子供であり、投資の乗数効果は抜群だ。
  菅政権は、スタートアップに投資資金を投入し、新時代の経済活動に対して眠る2000兆円の余剰金融資産が循環していくエコシステムを創造する「パートナーシップ再生によるスタートアップ経済エコシステム」を経済成長の中心目標に設定するべきである。スタートアップ経済庁を作り、経験者を目利きに国民から預かっている巨額の貯蓄の一部、例えば10兆円を、VC投資組合とIPO市場に振り向けるだけで良い。それは、日本経済成長に乗数効果とともに劇的効果があり、税金を使って未来の子供に負債を残すどころか、倍にも三倍にもなって未来から投資資金が回収され戻ってくる未来を拓く成長戦略なのである。

日本でも実現可能である

 その昔日本人は、骨格が劣るためにサッカーやオリンピックで国際的に活躍するのは無理だと言われていた。それが、サッカーのJ1など30年ほどスポーツ経済を強化し、実際に活躍した経験を持つスポーツ選手が長期にわたって子供の育成を図った結果、最近では次々と世界選手を輩出するようになった。骨格の問題ではなかったのだ。

 起業家も日本人は農耕民族で成功しないと言われたものだ。中国やインドなど新興国のスタートアップ経済発展を見るにつけ、出鱈目な言い訳であったことが明らかだ。周回遅れになった日本は今、自由なパートナーシップ精神を再生し、スタートアップ経済を経済成長の中心に据えるべきである。



■著者略歴 
日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合
代表 村口和孝《むらぐち かずたか》 
1958年徳島生まれ。慶應大学経済学部卒。84年ジャフコ入社。98年独立、日本初の独立個人投資事業有限責任投資事業組合設立。06年ふるさと納税提唱。07年慶應ビジネススクール非常勤講師。19年松田修一賞受賞。社会貢献活動で、青少年起業体験プログラムを、品川女子学院、JPX等で開催。投資先にDeNA、PTP、IPS、グラフ、電脳交通、APTO等がある。

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