会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2021年9月号掲載)
2021年8月新型コロナ第五波
私は前回新型コロナ感染拡大の収束を予測した。さすがに2021年夏は、加速度的に高齢者から打たれる一日百万回を超すワクチン接種の拡大が効くと考えた。ところが感染力が強いインド変異デルタ株の猛威が始まり、7月下旬に始まる東京オリンピックの直前に、第五波感染急拡大状況となった。再度7月12日(東京)、第四回緊急事態宣言が始まった。東京ではワクチン接種が遅れた二十代の活動活発な若者を中心に、感染者が急拡大し五千人を超えた(幸いワクチン接種率7割の高齢者感染少なく全体死者数少ない)。ただ徐々に医療ひっ迫対策の遅れが懸念され、新治療法や三回目の追加接種などが議論されている。
世界に目を転ずると、ワクチン接種先進国のイギリス、カナダ、イスラエルなど国民60%以上が二回目接種を終えた国は、普段の生活が楽しめるよう様々な規制解除になっている。当然経済も本格的な回復基調。ただその国々も、デルタ株猛威でマスクを復活するなど楽観論を見直しつつある。インドネシアなどまだ接種数%の遅れた国々では、感染急拡大で医療がひっ迫し、死者数も増加し、経済生産活動に影響が出ている。
オリンピック開催を乗り越えた日本
一年遅れ無観客開催で7月後半から始まった東京オリンピックが、柔道や体操、ソフトボール、スケートボード、水泳、レスリング、ボクシング、卓球、野球、空手など日本に金メダルをもたらし17日の期間を終えた。コロナ禍で開催そのものを批判する人もおり、人生かけてメダル獲得に努力した選手たちが、一様にオリンピック開催できたことへの感謝を口にしたのが印象的だ。ただ無観客も功を奏したか精細なTV画面で感動的な場面が多く、人生挑戦の重要性を再認識した。
やはり、世界の人の交流は美しく、人は関係を遮断すべきでなく、平和裏に創造的に交流を目指すべきである。オリンピック選手ではなくても、みんな人生をかけて、毎日人と交流して生きている。緊急事態宣言で臨時休業を余儀なくされている飲み屋の経営者も同じだ。国民みんながコロナとの戦いに挑むのは、いつか素晴らしい日常活動を取り戻し、交流を実現するためであって、経済活動や人流をストップすることそのものが目的ではない。 コロナ禍を制御しつつ、オリンピックを見事に開催し、国際交流が促進されてこそ、日本が優れた社会と言えるのではないか。重要課題は、「コロナ禍の下、いかにオリンピックを実現するか」であって、開催中止していたら、日本が失ったものが大きかったのではないか。開催して本当によかったと思う。日本選手たちもコロナ禍の困難に苦しんだ結果として、多くのメダル獲得と国際交流が実現出来たのではないか。
リーダーの二つの役割
何が社会の重要課題で目標なのか、それを明確にすることこそが、リーダーの役割であり、政治家や経営者など上に立つ者の仕事だ。リーダーが対応しなければならない状況をあえて二つに分けると、不確定状態の対応と、学習済みな状態への対応だ。
学習済み状況への対応は、時間をかけてじっくり、「システムをルール化し、分業組織にして計画的に」進めればよい。そこに必要なリーダーの役割は、人事の調整と、システムの計画的で公正安定的な運用である。調整型リーダーの組織運営と言っていいだろう。ほとんどの社会現象はすでに学習済みで、安定こそベストと言う世界観である。既存システムの品質をあげ、きちんとまじめに、時間をかけて、少数意見を聞き、多数決で調整すれば、安定的に成功する考え方だ。上場企業の組織的経営は、だいたいこれだ。
一方、実際の世の中ではまったく新しい事態、つまり未学習な事態が、突然起こる。今回の東京オリンピックで二回めの金メダルを狙う選手の戦法が、他の選手から研究し尽くされ、新しい対応策を突然突き付けられた場合に、苦戦する場合が見られた。隣の国から突然軍隊が攻めて来た場合や、未知の疫病や変異種感染が急に広がる場合、また、インターネットなど革命的新技術が登場し、急激に産業経済のルールを一変させる場合などだ。未学習で未知の事だから、ゆっくり構成員全員で時間をかけて学習し、既存の分業組織を調整して多数決で決めている方法では間に合わない。突然緊急対応を求められる事象で、一般人多数から理解されるのが難しい。この種の事象は、調整も必要だが、「重要課題を列挙し優先順位をつける」戦略的な意思決定体制が、何より必要である。ここに必要なリーダーは、戦略型リーダーと呼んでいいだろう。軍隊やスタートアップ経営はこれに該当する。
分業調整組織の歴史的発展
人類は長い失敗だらけの歴史の中で、学習能力と問題解決能力の高い戦略的リーダーを選び出し、重要課題への解決責任と権限を委託する仕組みを、発達させてきた。古い時代の少数の一体的な部族社会は、現代の議会のある複雑な民主国家社会となった。事業は中世において一体的家族経営であったものが、19世紀から産業革命によって、資本と経営が分離した上場株式会社を中心とする経済社会へと、構造を進歩させて来た。一体的で有機的だったパートナー的集団が、メカニックで民主的な手続きで進められる組織になり、同時に人類は「分業と組織化」の功績によって、中世までは考えられなかった、大規模な効率的経済社会を実現してきた。
ただ、「分業と組織化」による巨大化の歴史的恩恵の一方で、ともすれば組織の縦割りによる官僚化を生み、安定志向幻想を助長し、構成員の感覚が組織の内向きになり、「組織間の調整だけ」が最も大切な仕事のようになってしまう。これが結果的に「分業組織の失敗」と言われる事態である。分業組織化が有効に機能する範囲は、社会が「すでに学習済みの活動についてのみ」であることを、常に心にとめる必要がある。
未分業組織(パートナーシップ)の再発見
未学習の課題に対しては、先進的なリーダーによる目標設定によって有機的に一体化したパートナーシップによるスタートアップ経営(未分業経営)が重要だ。歴史的には20世紀に産業革命によってパートナーシップがシステム分業化した組織に大発展したから、21世紀の「未分業の古典的組織の再発見」と言っていい。
現代の経営は、「既学習環境対応の分業組織と、未学習環境対応のパートナーシップ両方を、並走させる経営」が必要な時代となっているのだ。20世紀に流行った「経営に分業によるシステム化のみを求める経営」は、歴史的激変の21世紀の経営ではない。
DeNA創業はパートナーシップ
未分業組織の段階であるスタートアップ段階の経営に必要なことは、まず第一に、優秀でパワフルで誠実なリーダーを選ぶこと。第二に、「リーダーが強烈な情熱で大目標を掲げること」だ。第三に、優秀なスタッフを集めることである。1999年DeNA創業期に南場智子さんが川田さんらを集めてネットオークションの立ち上げを始めた。最初スタートアップには、情熱以外に何もない。確立した事業モデルも人も金も組織もない。すべてが未完成だ。この段階では、「リーダーとスタッフのパートナーシップの質」が問われる。
ここで重要なことはまだ組織を作ることでも、組織の調整でもない。必要な組織は、上場企業のような責任と権限が細かくルールで組織化された会社運営ではない。組織を作るタイミングは、事業立ち上げの経験がパートナーシップの間で学習され、これだと言う成功する事業モデルが確立してからの次の段階である。未分業のスタートアップ経営を支えるエコシステムとして、シリコンバレーが準備したスタートアップ支援の枠組みこそが、まさにベンチャーキャピタリストによるマイルストーンを確認するパートナーシップ(投資組合)である(会社組織ではない)。
第四にリーダーがスタッフとともに役員会でやるべきことがマイルストーン管理つまり「当面の重要課題の列挙と優先順位付け作業」だ。当面とは、今日とか今週かもしれないが、一般的に一週間前と同じなどと言うことはない。また何が重要で何が優先順位かは、情報を突き合わせて直観で判断するしかない。スタートアップ段階に処理すべき仕事は、それこそ山のようにある(商品、顧客、市場、供給、人、金、情報、法律、会計など様々だ)からだ。第五に、優先順位の重要課題を片っ端からスピーディーに解決し続けること。なお分業組織はむしろ責任逃れを生み、不効率だ。
第六に、最新の環境情報を、様々な関係者からその都度入手して、「重要課題の組み直し」を繰り返すことだ。これは、毎日、そして随時行った方がよい。戦争中の将軍や、スタートアップの起業家には、土日もない、と言われるのはこのことである。私の責任ではないとか、私には権限が無いとか、私が属している組織の問題であるとか、逃げ事を言っている場合ではない。分業組織はまだなく、目標は大きく、皆で誠実にあらゆる状況を考え、万難を排し状況を解決し続けなければ明日はない。切羽詰まっているのである。
目標を妥協した膠着は危険
スタートアップ段階を脱却できず、マイルストーンを達成できず延々と試行錯誤状態が継続する膠着(こうちゃく)状態はよくある。気持ちは焦るが、これはこれで健全だ。これぞという成功モデルに到達しないが、高い目標に向かって日々試行錯誤による学習が積みあがっている。いつか将来何か大きな成功のきっかけにつながる可能性がある。ただ活動終了もあり得る。大怪我をしても復活し、後にオリンピックで金メダルを獲得したアスリートの感動的な苦労話と同じだ。
一方、同じ膠着状態でも「目標を妥協した膠着」は危険だ。当初の目標設定を誤魔化し、優先順位をずるく組替え、学習が積みあがらず状態が膠着した場合は、大改革が必要だ。目標を妥協して低くし、目先の下請け人件費稼ぎに走り、収入を株主から褒められ、投資家から高い目標の資金を集めたことを忘れ葬り、明日のない中小企業に甘んじてしまうケースだ。これはダメスタートアップの典型で、「モラルハザードを起こしゾンビ化した膠着」でたちが悪い。経営陣入れ替えなど、抜本的組直しが必須で、盛り塩が必須だ。情熱のパートナーシップにも、特有の落とし穴はある。
■著者略歴
日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合
代表 村口和孝《むらぐち かずたか》
1958年徳島生まれ。慶應大学経済学部卒。84年ジャフコ入社。98年独立、日本初の独立個人投資事業有限責任投資事業組合設立。06年ふるさと納税提唱。07年慶應ビジネススクール非常勤講師。19年松田修一賞受賞。社会貢献活動で、青少年起業体験プログラムを、品川女子学院、JPX等で開催。投資先にDeNA、PTP、IPS、グラフ、電脳交通、APTO等がある。