MAGAZINE マガジン

編集長インタビュー

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

編集長がゆく!

マニュアルよりも「考え方」が重要 / アップル 社長 文字放想

マニュアルよりも「考え方」が重要 / アップル 社長 文字放想

 これまでの引越し業界は、「お客様と会社の評価が相反していることに課題があった。社員が迷わない様に評価と報酬には一貫性があることが重要」と文字は語る。利用者に対する応対も心がこもっていないマニュアルでは通用しない、その前に「向き合い方」だと力説する。常に本質論で語る引越し業界のゲームチェンジャーに迫る。(聞き手は企業家倶楽部 編集長 徳永健一)

笑顔の溢れる職場

問 仕事を通して実現したい世界、目的を聞かせてください。

文字 目的は、私たちの「企業理念」に尽きると思います。

「引越しを通じて、ひとつでも多くの笑顔を生み出し笑顔溢れる世の中をつくること」が当社の目的です。生きていくためにはお金も必要ですが、シンプルに笑顔が溢れる環境にいることが幸せな生き方だと思います。今はコロナ禍で世界中の人々も大変ですが、ニコニコと笑える社会があれば、また「やってみよう!」とチャレンジが出来ると思います。

問 仕事は「手段」として会社を経営されていますが、究極の「目的」は笑顔の人を増やすということなのですね。それは御社を利用する顧客だけでなく、スタッフも含まれるのでしょうか。

文字 はい、含まれます。たまたま私が選んだのが引越し業であっただけです。自分で経営をしながら経験していくうちに、実は職種は関係ないと思いました。むしろ引越し業で恵まれていると思います。これは業界の課題でもあるのですが、これまでイメージは決して良くはありませんでした。逆にしっかりと対応すれば、「いい人が来てくれた」と評価してもらえます。

 引越しは、一生懸命にやっているだけで、すごく感謝される仕事です。これは有難いことです。最初は必死になって仕事を覚えようと働いているのですが、感謝の言葉を掛けてもらっていると、「人の役に立っているのだ」と実感できます。毎日、「ありがとう」と声掛けをもらうと気持ちがよく、「今日もいい仕事が出来た」と幸福感が得られます。

 周りの社員にも「こんなに素晴らしい仕事は他にないのではないか」とポジティブな思考に変わっていき、スタッフもイキイキと仕事をするようになります。その空気は家族や友人たちに伝わるものです。笑顔の輪が広がっていくのを感じています。

問 「笑顔」の重要さに気付いたのはどんな体験からでしたか。働き始めた頃の文字社長はどんな働きぶりだったのでしょうか。

文字 当時は、先輩から「お客様を喜ばせなさい」とは言われていなかったので、考えてもいなかったというのが正直なところです。私はただ荷物を運んでいるのが楽しかったのです。

 しかし、お客様に確認しなければならないことが結構ありました。どの部屋にどの家具を置くのかレイアウトを教えてもらうのですが、他の人は大雑把に置いて行ってしまう。私は実際にテーブルや棚を置いてみて、コンセントの位置を考えたらもう少し左がいいですかと確認をしていました。小さな気遣いですが、気を遣えた方だと思います。

 こうしたらお客様はどう思うだろうか、喜ぶだろうか、嫌がるだろうかと考えながら仕事をしていると、自然と「ありがとう」と言ってもらうことが多かったのです。私は小柄で当時の体重は50キロと細かったので、「お兄さん、大きな荷物だけど大丈夫?」とよく心配されていましたが、サクサクと運んでいるのでギャップがあったのだと思います。現場でクレームをもらったことはありませんでした。

ハウではなく「考え方」


問 文字社長の現場での経験から会得したものをどのように伝授しているのか興味があります。利用者から支持される対応力はどのように社員に教えているのでしょうか。

文字 私は社員一人ひとりの性格も様々だと思うので、「ハウ(どのように)」の前にお客様の前にどのような「スタンス」で臨むのか、「向き合い方」が重要だと考えます。ハウ・ツーに目が行くと、「お辞儀は45度の角度で」とかありますよね。しかし、そのお辞儀に心がこもっていなければ意味がありませんし、相手にも分かります。私はそういう本質的なところが気になる性格なのです。

 マニュアルを作るとなると、引越しは千差万別でパターンが多く、不可能だと思いました。マニュアルにない様なことが現場で起こっても、どのように向き合うかを徹底していれば、お客様のためにどうしようかと考えることが出来ます。

 そこでお客様に対する会社の姿勢を言語化していきました。

問 心のこもっていない形ばかりのマニュアルでは真意は伝わりませんね。社員一人ひとりが相手が喜ぶこと、笑顔にすることを考えて行動するというのは素晴らしい文化ですね。

文字 2006年に会社を設立して、2009年には会社の目的・目標を作り、そこからずっと取り組んできました。全員が同じ対応は出来ませんし、お客様ごとに個性もあります。どんな優れたマニュアルがあってもクレームはなくなりません。これが正解というマニュアルは存在しないのです。

 それよりも目の前のお客様をどうしたら喜ばすことが出来るかという思考になり、実行することの方が正しいと思います。

評価と報酬の一貫性


問 企業理念やミッションを掲げている企業は多くあります。しかし、ミッションを成し遂げているか数値化し、社員の報酬まで整合性を持たせている会社はまだ少ないと思います。なぜ、御社ではそれが可能なのでしょうか。

文字 私が気を付けていることは、私自身が現場から始めていますので、どんな会社だったら自分は頑張るのか、会社の社長がどのような考え方だったらいいと思うのか、社員の目線に一旦立って考えるようにしています。

 既存のこの業界は、お客様の評価と会社の評価が逆でした。比例しないのです。会社は同じ10万円の仕事なら、4時間かけるより2時間で終わらせて次に行って欲しいと考えます。現場でどれだけ早く荷物を運んだか、大きな現場をすぐ終わらせて帰ってくることが評価され、報酬に反映されてきました。単純に早く終わらせることが基準になると、お客様の満足度は度外視になっていました。クレームだけは出ない様にして、早く終わらせるのが一番いいという考え方です。このスタンスに違和感がありました。

 お客様に喜んでもらっても、会社には評価されない。会社の都合とお客様の都合が相反していたのです。中には物販を推奨する会社もあります。「この部屋にはエアコンが必要ですよね」と言って販売する。私は自分が要らないものを売るのは嫌ですし、矛盾を感じます。

 そこで、弊社では単純にお客様に喜んでもらえることを会社の評価と一緒にすれば、従業員は迷わなくて済むと考えました。これが本来あるべき姿ですし、私たちはそうありたいと思っています。

問 一貫性のある人事評価と報酬の体系を構築しているのは素晴らしいことだと思います。若い社員さんたちが高いモチベーションで仕事をしているのも納得です。人事評価制度が御社の強みとなっていますね。

文字 そうは言っても最初から「はい、分かりました。お客様を喜ばせるのはいいですね」という人はあまりいません。そこに数字があることによって変わってきます。数値化し記録する「スコアキーピング」は効果がありました。

 例えばゴルフですが、小さな球を棒で打って18ホール回ってきなさいといっても誰も面白くありません。しかし、スコアを付けると大切な時間とお金を使って練習場に行き、競うようにコースに行きますよね。組織も同じで、スコアキーピングが鍵になります。

 最初は「同僚に勝ちたい」、「高いスコアを取りたい」でいいのです。そのために何をするかというと、お客様を喜ばせることでスコアが上がります。興味がなさそうに見えても、やっていくうちに興味が湧いてきて、気付いたら「お客様からこんなメッセージをもらいました!」と写真を撮って送ってくるスタッフも結構います。

自分の力を信じること

問 20代前半で支店長に抜擢されている方もいますね。アップル独自の人材登用・育成の取り組みがあるのでしょうか。

文字 育成なんておこがましいと思っています。会社に出来ることは、「環境」と「機会」の提供だと考えています。最終的には自らが選択して行動しなければ何も得られません。会社から「これを覚えなさい」と言っても本人が必要だと感じなければ身に付きません。

 そこで迷わない様に大切にしたいバリュー(行動基準)を「スピード」「行動」「チャレンジ」など7つ掲げ、毎朝の朝礼でも唱和しています。仕事は「すぐやる」ことが成功する力に変わります。考えるだけ、言うだけではなく、「行動」しなければ結果は得られませんよね。成功の反対は失敗ではありません。チャレンジしなかったことです。迷ったら「チャレンジ」しよう、難しい道を選ぼうと話しています。

問 クレドブックも作られていますが、その中で最も大切にしている信条は何ですか。

文字 私が作ったのでどれも大切なのですが、やはり第1条の「目的(理念/ 価値観)があれば何も怖いことはない」です。自分が悩んだときに、改めて「目的」が大事なのだと気付かされました。

 仕事でつらいことがあるといつもこれを見返しては、私に与えられた試練・壁であると受け止めるようにしています。

 強いてあげるならば、2つ目は18条の「自分の力を信じる」です。私の気持ちを言語化したものです。どんな成功者も私たちと同じ人間です。自分の心の在り方で未来は変わってきます。自分の力を信じる人が事を成すのです。絶対に諦めずに誰よりも努力することが重要です。偉そうに言っていますが、自分を戒めるためでもあります。

問 社長として経営をする上で心掛けていることは何でしょうか。

文字 以前読んだ本の中に印象に残る言葉がありました。「若いからといって機会を与えないのは違う。逆に若いからは、やらせる理由なのだ」というものです。これまで私もそうやってチャンスをもらってきました。

 10代から仕事を始めて、21歳で起業したころは、とにかくがむしゃらに働きました。しかし、変に達観して大人になってしまうと勢いが欠けていると感じます。大人の弊害はそれだと思います。起業家は皆、最初は何もわからず突っ走りますよね。あの勢いが大切だと思います。若いときは純粋に感じたことを信じて走ることが出来る。

 知識だけある大人は「無理だからやめておいた方がいい」と若者を揶揄しますが、勢いで突っ走れる若者にチャンスを与えてやらせてみると大きく化ける可能性があります。チャレンジしたいという意思を尊重したいですね。

(初掲 企業家倶楽部2021年9月号)

一覧を見る