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徳永編集長の視点論点

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

編集長がゆく!

 先日、建築家であり経営者でもある方と話す機会がありました。落ち着いた物腰で穏やかな表情をされている方で私も気が緩んだのか、「記者でなかったら、建築家になりたかったのです」と告げていました。少し不思議そうな顔をしている彼に私は続けました。物書きと建築家の仕事は似ているところがあります。家を建てる時には柱と梁など『構造』をまず考え、実際に建てる前に素材や強度を計算してから作り始めます。

「記者も同様に書く前に起承転結など『構成』を考えないと書き始めることができません。そこに印象的なエピソードや説得力のあるデータを散りばめていく工程はよく似ていませんか?」と言うと、いかにも納得といった表情でその後のインタビューはスムーズに進みました。

 共通点は他にもあります。それは「仕事の覚え方」です。建築業界では、大工職の親方である棟梁がいて、先輩から職人としての心構えや仕事の仕方を一から教わります。一方の記者の仕事も編集長がいて、デスクや先輩記者から取材の仕方や記事の書き方を教わります。今も昔も変わらず徒弟制度なのです。よく似ていると思いませんか?

 初めて書いた原稿をデスクに見てもらうと修正箇所が赤色でぎっしり埋められて返ってきました。自分が書いた文章は2割も残っていないのではと思うくらい、それはショックでした。しかし、赤入れしてもらった箇所をよく読み直してみると、先輩記者の書いた記事の方は読みやすく、テンポが良く流れがあります。実力の前に謙虚に成らざるを得ませんでした。

 少し記事が書けるようになってきた頃、先代の編集長から良い記事を書くコツがあると教えてもらいました。それが今回のタイトルになっている「難しいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く」を心掛けることでした。

 記者はその時代の旬な経営者に取材に行きます。業界をけん引するリーダーは最先端のビジネスをしていますから、耳慣れない言葉や専門用語も沢山でてきます。しかし、読者はそこまでの専門性は必要ありません。まず記者が難しい概念を理解し、お母さんが赤ちゃんのために硬い食べ物を咀嚼してあげるようにかみ砕く技量が求められます。

 難しいことを難しく書いているようでは良い記者ではありません。誰でも知っているような例えばなしにしたり、読者に伝える時には工夫が必要になります。難しい話をシンプルに分解しますが、薄まってはいけません。要点は抑え、そのビジネスの肝を抽出します。そして、やはり記事は面白くなくてはいけません。読者が退屈したら、苦労して執筆してもその先は読んでもらえません。

 だから、「深いことを面白く」書かなければいけないのです。

 先代の編集長は、「記事は浪花節で書け」と教えてくれました。「浪花節とは義理人情である。取材では、臨場感のある具体的なエピソードを聞き出すこと」と口が酸っぱくなるほど言っていました。

 指導する立場になった今、私も同じように指導しています。この言葉の出典はどこか調べるとなんと続きがありました。

「難しいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く、面白いことをマジメに、マジメなことをゆかいに、そしてゆかいなことはいっそうゆかいに」、作家・劇作家の井上ひさしさんの座右の銘とのことです。

 ユーモアの心を持ち、記者を続けていきたいと思います。

 (編集長 徳永健一 企業家倶楽部2021年1・2月合併号掲載)

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